すねげです。
今回は、「すねげ昔話編」ということで、高校生のころのお話をしたいと思います。
今回紹介する出来事があったおかげで勉強が好きになったので
当時の先生には感謝しています。
では、そうぞ。
先生に言われた衝撃の一言
タイトルにもあるとおり、僕は地元の商業高校に入学しました。
中学生のころに、教室に置いてあった「高校一覧」みたいな本を読んで
その高校の進学先に弘前大学があり、当時の僕は
「弘前大学に行ってやりたいこと見つけたい」とかいう
100人の青森の中学生を集めたら30人は言いそうな
ありきたりな希望があったからです。
あと単純に、そこしか入れそうになかったからです。
ということで高校に入学したのですが、入学して最初の面談
時期にして1年の夏休み入る前ころだったと思います。
そこで、僕の高校生活を決定づける出来事がありました。
面談をするにあたり、事前に進路希望調査のアンケートを書いてから臨みました。
もちろん僕はそのアンケートに弘前大学と記入していました。
そのアンケートを見て当時の担任が「弘前大学ね~。うちの高校から行けるのは
学年で1人だけだよ。評定が1位の子だけを推薦できて、しかも推薦したから
といって受かる保証もない」そんなことを言われました。僕は心の中で
「そっかー。じゃあ完全に自分の実力で勝負できる一般入試の方が確実だな」と思い
す「じゃあ一般入試で受けます。」と言ってのけました。
すると担任が「無理無理!〇〇高校に通ってるうちの息子でも落ちるんだよ!
ここに通ってる君にはなおさら無理だから!」
結構食い気味にこんなことを言われました。
そんな言い方あるか!否定するにももうちょっとやんわり否定してよ!
それでも教師かよ!と思いました。
表面上は「分かりました」と言って面談は終了しましたが、僕はこう思いました。
「絶対に一般入試で受かって見返してやる(▼皿▼メ)」
ここから、僕の独学の日々が始まります。
勉強ってどうやるの?
それでも面談を終えた直後は、先生からの言葉を多少は信じており
「一般受験が第一希望だけど、一応学校のテストで良い点とって評定稼ごうか」と
なっていました。
なので、1年2学期の学習時間は9:1の割合で、学校のテストのための勉強に
ほとんど割いていました。
1割は一般受験のための勉強です。
一般受験の勉強といっても
「弘前大学の受験科目ってなに(˙◁˙)」
「センター試験ってなに(˙◁˙)」
「日本史AとBの違いってなに(˙◁˙)」
みたいなことを調べるとこからやってました。
商業高校なので、授業や定期テストは「簿記」とか「ビジネス基礎」
みたいな科目がメインです。
そのテストで高得点をとるために教科書を読んだり
小テストの見直しをしていました。
その勉強をしている最中に思っていたことは、「こんなの大学受験で
問われないねん!学校のテストのためだけの勉強だな!もぅ!」です。
そんな不満を抱えながらも勉強をして、2学期の評定は
音楽が4以外、他は5でした。
そして、冬休みを迎えるのですが、この頃になって「やっぱり一般受験一本で
勝負したい」という気持ちが大きくなり、学校のテストは捨てることにしました。
つまりここで、簿記・ビジネスメインの勉強を辞めて
いわゆる「国数英理社」の5教科の勉強に全振りすることにします。
そこで、がっつり5教科の勉強を始める前に、そもそも5教科ってどうやって
勉強したらいいんだ?という疑問にぶち当たります。
小中と、学校の授業と宿題だけ頑張る子だった僕は、それ以上に進んで
自習をしたことがほとんどありませんでした。
なので勉強の仕方が分からないのです。
そこで、高1の冬に「日本史 暗記 方法」とか「数学 学習方法」
というキーワードで検索しまくった記憶があります。
その時に、大学受験の定番の参考書とかも調べて買い揃えていきました。
ここから、僕の5教科の勉強の日々が始まります。
勉強方法の勉強からのスタート
そこで、まずは暗記術とか数学の成績を良くするためには~的な
ハウツーの勉強から始めました。
ネットで調べると暗記方法はたくさん出てきます。
最初のうちは、たくさん出てきた中で「これ良さそう!」と思ったものを
取り入れてみる→やっぱり違う→別のやり方→違うの繰り返しでした。
でも、どこかのタイミングで自分の中のベストな方法を決めて
あとは量をこなすという段階に入ります。
そうして勉強に打ち込んでいくと「勉強ってこんなに楽しいんだな」
ということに気付きます。
29歳になった今でも勉強が大好きです。
小中学生のうちにもっと勉強すれば良かったと思っています。
本格的な受験勉強をスタートさせて3ヶ月くらいの
高2の夏あたりに模試を受けてみたいと思い始めます。
受験生界隈の中での、自分の立ち位置を知りたかったからです。
そして、いろいろ模試を調べてみると団体と個人受験の2つがあることを知ります。
団体受験は、先生が申込→高校で受験とのことなので早速、先生に相談します。
個人だと、青森市の会場まで行かなくてはだったので、それは避けたかったのです。
す「先生、進〇ゼミのこの模試を受けたいです!」
先「んー、1人じゃ受けられないよ」
す「そこをなんとか」
先「問題を取り寄せるのはこっちでやるけど、解くのは1人でやってね」
先生は協力してくれるとこはあるけど、周りの生徒は、僕みたいに
商業高校に通いながら模試を受ける人はいないんだろうなと思いました。
そこでこんなことを思います。
「孤軍奮闘する俺カッケーwwwwwww」
まだまだ厨二病の後遺症が抜けきっていない時期です。多めに見てあげてください。
え?後遺症じゃなくちゃんとした本症状だって?
あ、そういえば29歳になった今でも治ってなかった☆ミ
そんな感じで、模試を受けるときはいつも先生に取り寄せてもらう→
自宅で受験という形をとっていました。
高2の夏に初めて受けた模試の結果ですが、弘大はE判定でした。
この時は「本番まで1年以上あるし」と全然焦っていませんでした。
余裕かましているように見えて落ちるんですけどね。
高2の過ごし方
勉強方法の収集も終え、自分の立ち位置も分かった僕の高2の過ごし方はというと
「とにかく机に向かう時間を増やす」でした。
弘大合格まで圧倒的に実力が足りていないことが分かったので
とにかく勉強しなきゃ!モードになります。
当時の1日のスケジュールが
平日は
16:00 帰宅
16:30~17:30 勉強
17:30~18:30 ご飯
18:30~19:00 勉強(リビングでテレビを見ながら)
19:00~19:30 ゲーム
19:30~21:00 勉強
21:00~22:00 風呂
22:00~23:30 勉強(ラジオを聴きながら)
23:30~24:00 休憩
24:00~24:30 一日の復習(ゲームをしながら)
24:30 就寝
勉強の合計:5h
休みの日は
7:00 起床
8:00~9:30 勉強
9:30~10:00 休憩
10:00~11:30 勉強
11:30~13:00 昼食、休憩
13:00~14:30 勉強
14:30~15:00 休憩
15:00~16:30 勉強
16:30~17:00 休憩
17:00~18:30 勉強
18:30~20:30 夕食、風呂、休憩
20:30~22:00 勉強
22:30~22:30 休憩
22:30~24:00 勉強
24:00~24:30 一日の復習(ゲームをしながら)
24:30~ 就寝
勉強の合計:11h
こんな生活を送っていました。
これには当時の自分も、「これだけ勉強マシーンになってれば受かるべ」と
自画自賛していました。
しかし!皆さんもお気づきのとおり、この勉強法には深い罠があります。
それは「ながら勉強が多い」ということです!!!
休みの日も、たまにPSPを起動しながら勉強していた記憶があります。
こんな勉強の仕方だから、成績の伸びもゆーーーーーーっくりでした。
今の僕だったら、「ながら勉強やめぃ!」「ゲームすな!ラジオ聞くな!
ゲームとかは勉強以外の時間にせい!」って言いたくなります。
高2の大半はこんな過ごし方をしていました。
続きは後日書きます。では。